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トヨタ式スキルマップとは?その作り方や要点を解説

トヨタ式スキルマップとは?その作り方や要点を解説
aboutha2023

製造業をはじめ、多くの企業で注目されているスキルマップ

特にトヨタ自動車が実践する「トヨタ生産方式」では、スキルマップを活用した多能工育成が大きな成果を上げています。

従業員一人ひとりのスキルを見える化し、適切な人材配置や効率的な育成を実現するスキルマップは、現代の人材マネジメントに欠かせないツールです。この記事では、トヨタ式スキルマップの基本から作り方、運用のポイントまで、わかりやすく解説します。

スキルマップとは?

スキルマップとは、従業員一人ひとりが持っているスキルとその習熟度を一覧表にまとめたものです。「技能マップ」「力量表」「多能工訓練表」などとも呼ばれ、海外では「Skills Matrix(スキルマトリックス)」という名称で知られています。

スキルマップを使うことで、「誰がどのような仕事ができるのか」「どの程度のレベルで業務を遂行できるのか」といった情報が一目でわかるようになります。これにより、適切な人材配置や効果的な教育計画の立案が可能になるのです。

ポイント

スキルマップは従業員のスキルを「見える化」することで、人事評価の透明性を高め、組織全体の生産性向上に貢献する重要なツールです。

トヨタがスキルマップを導入した背景と目的

トヨタ生産方式と多能工の関係

トヨタがスキルマップを導入した最大の目的は、「多能工」の育成です。多能工とは、1人で複数の工程や作業をこなすことができる従業員のことを指します。

この考え方は、トヨタ自動車の大野耐一元副社長が、繊維工場で女性作業員が複数の織機を一人で操作している様子を見て着想を得たものです。従来のフォード生産方式では、一人の従業員がずっと同じ作業だけを担当していたため、時期によって忙しい従業員とそうでない従業員に差が生まれ、非効率な状態が発生していました。

トヨタがスキルマップを導入した目的は、主に効率的な人材育成と多能工の育成を実現するためです。トヨタは、生産ラインで複数の作業をこなすことができる「多能工」を育成することで、柔軟で効率的な生産体制を構築しています。

出典:コチーム「トヨタが実践したスキルマップとは?」

スキルマップがもたらす効果

トヨタでは、スキルマップを活用することで以下のような効果を実現しています。

  • 従業員のスキルと習熟度を可視化し、適切な人材配置を実現
  • 業務の遅延や不具合を減らし、生産性を向上
  • 従業員の成長を促進し、業務の継続性を確保
  • 将来のリーダーや管理職候補の育成に活用

スキルマップを活用するメリット

スキルマップを導入することで、企業は様々なメリットを得ることができます。主なメリットを見ていきましょう。

1. 従業員の育成が促進される

スキルマップを活用すると、従業員一人ひとりのスキルや習熟度が明確になります。どのスキルが不足しているか、どのスキルを強化すべきかがはっきりするため、個別に最適な研修や教育プランを立てやすくなります。

また、従業員自身も自分の成長の進捗を実感しやすく、スキルアップに向けた意欲が高まります。具体的な目標設定がしやすくなることで、モチベーションの維持にもつながります。

2. 適材適所の人材配置が可能になる

スキルマップで従業員の業務遂行能力を把握することで、組織に必要な人材をピンポイントで選び、効果的な人員配置ができます。

例えば、総務部に所属している人を前職の経験を活かして営業部に異動させたり、繁忙期に適切なスキルを持つ人材に応援を依頼したりすることが容易になります。持っているスキルを最大限発揮できる環境で働けることは、従業員にとっても企業にとってもプラスになります。

3. 公正な人事評価ができる

従業員が持っているスキルや知識は、本来目に見えるものではありません。スキルマップを活用することで、「誰がどのようなスキルを持ち、どれくらいのレベルにいるのか」や「どれくらいスキルアップしているのか」が客観的にわかるため、公正な人事評価が可能になります。

評価基準が明確になれば、従業員もスキルアップを目指してモチベーションを保ちながら業務に取り組むことができます。また、評価に対しても納得感が高まり、会社への満足度向上につながります。

4. 組織の弱点を把握できる

スキルマップを通じて、従業員の業務に対する習熟度や不足しているスキルがわかれば、それをフォローするマニュアルを整備したり、研修プログラムを充実させたりすることができます。組織全体の弱点を把握し、先手を打って対策を講じることで、業績向上と従業員のモチベーション維持を同時に実現できます。

5. 効率的な採用活動ができる

スキルマップを見ることで、自社に不足している人材や、いなくなると困る重要な人材が明確になります。企業が求めるスキルがはっきりしているため、採用活動においても、そのスキルを持つ人材にターゲットを絞った効果的な募集が可能になります。

トヨタ式スキルマップの作り方【5ステップ】

トヨタ式スキルマップを作成するには、以下の5つのステップを踏むことが重要です。

ステップ1:スキルマップの目的とターゲットを決定する

スキルマップの目的とターゲットを明確にすることは、効果的な活用に不可欠です。目的を明確にすることで、スキルマップが解決すべき課題がはっきりし、必要な項目や評価基準が定まります。

目的の例

・従業員の育成促進
・効率的な人材配置
・多能工の育成
・組織全体のスキルレベル向上

ターゲットを定めることで、対象となる従業員や部署に必要なスキルが具体的になり、実用的なツールとして機能するようになります。

ステップ2:対象となる業務フローを明確にする

次に、対象となる業務フローを明確にしていきます。ターゲットの職種がどのような業務フローを実施しているのかを整理することで、一般的に必要となるスキル項目が見えてきます。

例えば、製造業であれば以下のようなフローが考えられます。

  1. 資材の調達・管理
  2. 生産計画の立案
  3. 加工・組立
  4. 品質検査
  5. 出荷・納品

それぞれの工程において、どのようなスキルが求められるのかを洗い出していきます。

ステップ3:業務に必要なスキルを洗い出す

対象の業務フローが決まったら、次に必要なスキルを洗い出して設定します。

業務に必要なスキルには、現場で働いている従業員にしかわからない部分があるかもしれません。そのため、項目を洗い出す際には、上司だけでなく現場の従業員の意見も取り入れることが大切です。

項目をいくつかピックアップした後は、それが実際の業務とズレていないかを確認しましょう。内容をチェックしたら、重要な業務から必要なスキルを考え、どのスキルが優先されるべきかを決めます。

ステップ4:スキルマップの評価項目と評価基準を設定する

洗い出された項目に対して、スキルマップに採用するスキル項目と評価基準を設定します。評価基準に関しては、誰にでもわかるように明確に設定することが求められます。

例えば、5段階評価で達成レベルを表す場合、次のように基準を決めておくと良いでしょう。

レベル 評価基準 説明
レベル1 未経験 これまで担当したことがない
レベル2 初心者 担当になったばかり
レベル3 補助必要 指導者がいればできる・教えてもらえればできる
レベル4 独立可能 1人でできる
レベル5 指導者 人に指導できる・他の人に教えられる

目的や項目によっては、「できる・できない」の2択にする、評価段階を増やすなど、評価基準を適切に設定することが重要です。これにより、スキルマップを使った評価がより客観的で一貫性のあるものとなります。

ステップ5:スキルマップを作成・運用する

これまで整理した情報を基に、スキルマップをシート化し、正式に作成していきましょう。まずは一部署やチーム単位で試験的に運用することをおすすめします。

試験導入後は、実際に使用した従業員からフィードバックを収集し、定期的に見直しを行いながら、自社に最適なスキルマップへと改良していきましょう。さらに、スムーズな運用を実現するために、現場向けの簡単な運用マニュアルを作成しておくと効果的です。

トヨタ生産方式を参考にしたスキルマップの具体例

製造現場において、高い生産性と品質を維持するためには、従業員一人ひとりのスキルを可視化し、適切に育成していくことが重要です。ここでは、トヨタ生産方式で重視される代表的なスキル項目をご紹介します。

1. カイゼン:現場の作業効率を良くする

トヨタにおけるカイゼンとは、「人、物、設備」に着目して改善を行い、組織全体で継続的な改善を維持することです。カイゼンを重ねて標準化することで、省力化や業務効率化、品質向上が実現します。

カイゼンのスキルマップ評価例:

  • レベル1:カイゼンの概念を理解していない
  • レベル2:カイゼンの基本的な考え方を説明できる
  • レベル3:カイゼンの手法を使い、小さな改善を実践できる
  • レベル4:チーム内でカイゼン活動を推進できる
  • レベル5:組織全体でカイゼン文化を定着させられる

カイゼンで大切な3つの要素

①3Mの削減

3Mとは「ムリ・ムダ・ムラ」の3つのMのことを指します。

  • ムリ:能力以上で負担が大きいこと
  • ムダ:付加価値を生まない作業
  • ムラ:仕事の品質が一定ではないこと

この3つは作業効率低下の原因になります。カイゼン活動を通じた3Mの削減は、業務負担の削減、スピードアップ、コスト削減や品質の安定に大きくつながります。

②5S活動の促進

5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・躾(しつけ)の5つのSのことです。

  • 整理:必要なものと不要なものに分けて、不要なものを処分する
  • 整頓:必要なものを誰でもすぐ取り出せるようにする
  • 清掃:汚れのない綺麗な状態を維持する
  • 清潔:上記3Sを標準化し、維持できている状態
  • 躾:3Sが習慣化し、全員がしっかりルールを守っている状態

5S活動の定着はコスト削減やよりスムーズな作業につながり、製品やサービスの質が高まります。

③ボトムアップ式で現場主体

トヨタ生産方式では、ボトムアップでの問題解決が中心です。経営陣の指示ではなく、現場の従業員で知恵を出し合いカイゼン活動を実施していきます。このような現場主体の方式は、従業員のモチベーションや当事者意識の向上にもつながります。

2. なぜなぜ分析

なぜなぜ分析とは、明らかになったムダや課題に対し「なぜ」を繰り返すことで真因にたどり着く、いわゆる真因分析というものです。トヨタ生産方式では、問題が発生した場合、このなぜなぜ分析を5回繰り返します。

なぜなぜ分析のスキルマップ評価例:

  • レベル1:なぜなぜ分析を知らない
  • レベル2:なぜなぜ分析の基本的な概念を理解しているが、実施に不安がある
  • レベル3:簡単な問題に対してなぜなぜ分析を実施し、根本原因を特定できる
  • レベル4:複雑な問題に対しても、効果的に分析を行い、根本原因を見つけることができる
  • レベル5:チームや他の部署に対してなぜなぜ分析を指導し、組織全体の問題解決力を向上させる

3. 問題の見える化

「問題の見える化」とは、現場で発生している問題を誰もが即座に認識できる状態にして、迅速な対応と改善を可能にする仕組みのことです。

見える化のスキルマップ評価例:

  • レベル1:見える化の重要性を理解している
  • レベル2:基本的な問題管理ができている
  • レベル3:問題発生時に適切な方法で対応できる
  • レベル4:現場の問題点を分析してより効果的な見える化の手法を提案できる
  • レベル5:全体を見る視点で見える化の仕組みを設計し、定着させられる

4. 7つのムダ取り

「7つのムダ」とは、トヨタ生産方式において排除すべき非付加価値作業を指します。ムダを取り除くことで、生産性向上・コスト削減・品質向上を実現します。

ムダの種類 内容 主な対策
1. つくりすぎのムダ 過剰生産による在庫増加 適正在庫の管理、タクトタイムの算出
2. 手待ちのムダ 待機時間の発生 段取り改善、自動化
3. 運搬のムダ 不要な移動 工場レイアウトの最適化
4. 加工のムダ 不要な作業 適正な設備の選定
5. 在庫のムダ 過剰在庫 生産計画の適正化、一個流し生産
6. 動作のムダ 不要な動き 動線の最適化
7. 不良のムダ 品質不良・手直し 品質管理の強化

7つのムダ取りのスキルマップ評価例:

  • レベル1:7つのムダの種類と影響を理解している
  • レベル2:現場のムダを発見し、報告できる
  • レベル3:ムダ取りの基本的な手法を実践できる
  • レベル4:複数のムダを組み合わせて削減し、改善を推進できる
  • レベル5:生産ライン全体のムダを分析し、仕組みとして定着させられる

スキルマップを効果的に運用するコツ

スキルマップを作成しただけでは、その効果を十分に発揮することはできません。効果的に運用するための3つの重要なコツをご紹介します。

1. 社内説明会を開催する

作成したスキルマップは、社内説明会などで全社的にシェアする必要があります。スキルマップを上層部だけに公開するなど透明性のない運用は、従業員からの信頼度低下にもつながる可能性があります。

もし不明点があった場合は、新たなルールを策定してマニュアルを作成するなど、全従業員が納得できる運用を目指すことが肝心です。

2. 1on1ミーティングと掛け合わせる

現場の管理職やメンバーがスキルマップを効果的に活用するためには、「1on1ミーティング」との組み合わせが非常に効果的です。

1on1ミーティングでは、上司と部下が意識的に「どのスキルを獲得するか」を決め、日常業務で実践した内容を振り返ります。具体的には、以下のような流れで進めます。

  1. 設定したスキルが業務の中でどのように活用されたかを確認
  2. 実践してみて難しかった点や課題を整理
  3. 上司からフィードバックを受け、行動改善のヒントを得る

このように、スキルマップと1on1ミーティングを組み合わせることで、着実にスキルを習得し、実践力を高めることができます。

3. 定期的に見直しを行う

スキルマップを一度作成しただけで終わりにせず、定期的な見直しが必要です。社会情勢や業務内容の変化によって、求められるスキルも変化していきます。

自社を取り巻く環境の変化に合わせてスキルマップの内容を更新していくことが、適切な運用には不可欠となるでしょう。少なくとも半年に1回、理想的には四半期ごとに内容を見直すことをおすすめします。

スキルマップ運用時の注意点

スキルマップを効果的に運用するために、以下の注意点を押さえておきましょう。

1. 客観的な評価基準を設ける

スキルマップを利用した人事評価制度は、公平で適切となるよう評価基準を整備する必要があります。評価する人の主観が入ると不公平感が出るため、従業員のモチベーションにも悪影響を与える可能性があります。

通常の人事評価では、直属の上司が実施するケースが大半ですが、スキルマップの項目や状況に応じて、上司以外に経験者や有識者など複数の評価者を加え、客観的な評価となるような仕組みを整える工夫が求められます。

2. 長期的な視点で取り組む

スキルマップを活用したとしても、人材育成には時間がかかるものです。長期的な計画を立てて取り組むことが、人材育成の成功につながります。

スキルマップの作成から人材育成には時間がかかると認識して、十分な期間をもうけて取り組むようにしましょう。即効性を求めすぎず、着実にスキルを積み上げていくことが大切です。

3. 形骸化を防ぐ

スキルマップは作成しただけでは意味がありません。日常業務の中で実際に活用し、定期的に更新していくことで、初めてその価値が発揮されます。形骸化を防ぐためには、運用ルールを明確にし、全社的に継続的に活用する仕組みづくりが重要です。

まとめ

トヨタ式スキルマップは、従業員のスキルを見える化し、効率的な人材育成と適切な人材配置を実現する強力なツールです。多能工の育成を通じて、柔軟で生産性の高い組織を構築することができます。

スキルマップの作成には時間と労力がかかりますが、一度構築すれば、人事評価の透明性向上、従業員のモチベーション向上、組織全体の生産性向上など、多くのメリットを享受できます。

本記事で紹介した5つのステップを参考に、まずは小規模なチームや部署で試験的に導入し、フィードバックを得ながら自社に最適なスキルマップを作り上げていくことをおすすめします。

次のステップ

スキルマップの運用をさらに効率化するために、関連記事でおすすめツールを紹介していますので、ぜひ参考にしてください。デジタルツールを活用することで、スキルマップの作成・更新・共有がより簡単になり、運用の負担を大きく軽減できます。

ABOUT ME
松本瑛二
松本瑛二
CMO
aboutha株式会社 CMO マーケティング統括を行いながら、自身の会社を2024年に立ち上げ。 "価値を正しく伝える"がモットー。 このサイトではビジネスを円滑に、なおかつ効率的に進めていく上で必要なビジネスツールやノウハウをご紹介していきます。
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